悲しみという原質

 筆者がカフカ研究の第一級の資料として読んだ北村太郎氏のカフカ論に見られる「きわめて人間的な静謐な人柄」の魅力は、今でも忘れがたい印象として残っている。詩とは「直撃力」だと書いた北村太郎氏のすべての著作には「悲しみ」という微香がただよい、そのことが文体の特性として一貫しているように感じながら、I君はこの詩人の著作をこよなく愛し、読んでおられる。I君はまた、多くの読み手が、北村氏の著作から平易さ、おおらかさ、温かさ、人懐っこさといったものを感じるのは、北村氏の言語や文体には、平吉氏の言う《私が原質として持っているらしい悲しみのようなもの》と相通じるものがあるからだとも言っておられる。さらに「北村の言葉や表現は急進的でも破壊的でもない。北村の言う《ラディカル》とは、あくまで作家の内部の思惟の問題なのであって、外部に露出する表現の様相を指すものではない。この点も平吉の《交響変奏曲》の書法と同じである」とも言っておられる。I君が、平吉氏と北村氏の間にお互いに相通じ合うもの、同質性、こういってよければ、血族関係を認めたのは、本当に素敵なことだ。
 少し唐突かもしれないが、ここで小林秀雄の「モーツァルト」論に触れたい。小林秀雄は、スタンダールが、モーツァルトの音楽の根底はtristesse(かなしみ)というものだ、と述べたことに触れながらこう書いている。《------確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追ひつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」といふ言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。------彼は手ぶらで、裸で、余計な重荷を引き摺つてゐないだけだ。彼は悲しんではゐない。ただ孤独なだけだ。孤独は、至極当たり前な、ありのままの命であり、でつち上げた孤独に伴ふ嘲笑や皮肉の影さえない。》江藤淳は、「この部分は、あの美しい《モオツァルト》のなかでも最も美しい部分である」と述べている。小林は、モオツァルトの音楽の深さと彼の手紙の浅薄さとの異様な対照を説明しようとする批評家たちに対して、「僕はそういう見方を好まぬ。そういうもっともらしい観察には何か弱々しい趣味が混入しているように思われる。------彼らにモオツァルトのアレグロが聞えて来るとは思えない」と皮肉を述べている。
 最後に《悲しみ》という言葉からの必然的な連想として、小林秀雄中原中也の詩について書いた文章を引用する。
   《汚れちまつた悲しみに
    今日も小雪がふりかかる
    汚れちまつた悲しみに
    今日も風さえ吹すぎる

 中原の詩はいつでもかういふ場所から歌はれてゐる。彼はどこにも逃げない、
理知にも心理にも、感覚にも。逃げられなく生れついた苦しみがそのまま歌になつてゐる。語法は乱れてゐて、屡々ぎごちなゐ。併し影像は飽くまでも詩的である。又影像は屡々不純だが飽くまでも生活的である。僕はさうい詩を好むのだ。彼には殆ど審美的な何かが欠けてゐるのではないかと思はれるぐらゐ、彼の詩は生生しい生活感情にあふれてゐる。彼は愛情から愛情ある風景を夢見ない。悔恨から悔恨の表情を拵へ上げない。彼はそのままのめり込んで歌ひ出す------》(江藤 淳『小林秀雄』、講談社、1965年、157頁)

 作曲家平吉氏の言葉《私が原質として持っているらしい<悲しみ>のようなもの》から始まって、I君の《悲しみの原質》という音楽の基層に迫る学理的にも情緒的にも深淵な分析に驚嘆の念を覚えながら、最後は筆者自身の嗜好に負ける形で「モオツァルトの疾走する悲しみ」とか中也の有名な詩「汚れちまった悲しみ」にまで論が及んでしまったのは、少し悲しい気がする。
 本稿はこれで一応終了とするが、I君に対してはまだいろいろ宿題を背負ったままでもあり、これからもっと勉強しなければと思っている。