Entries from 2015-01-01 to 1 year

(続き)

目下、遅い足取りながら、柄谷行人著『遊動論ー柳田国男と山人』を読んでいる。非常に刺激的な論考である。『遊動論』を読みつつ、柳田国男の「遠野物語」や「山の人生」を手に取って読み直しをすることもしばしばである。柄谷の著作は、巷に溢れる単なる現…

今年やり残した事など(メモ風に)

近隣の街に住む工芸デザインを専門とする方が、私の住むマンションの一階の集会室で数度にわたって、「大人の課外授業『人生100年時代を生きる』自分史の書き方」というテーマで講義をなされた。私も知り合いを通して誘われ何度か出席した。さまざまな資料を…

中欧写真集

ウィーン市街遠望 ベルヴェデーレ宮殿 カレル橋とプラハ城遠望 チェスキー・クルムロフ [:] ハンガリーの農村風景(版画) プラハ旧市街広場 ブダペスト・マーチャーシュ教会

ロック画面でのスライドショー(続き)

ロック画面でのスライドショー

新しく購入したパソコンacerで、ロック画面に写しだされるスライドショーを眺めて、自分が撮った数々の写真を楽しんでいる。画面いっぱいの写真もあれば、画面が4,5枚の写真の組み合わせに細分化されて出てくることもある。 時系列ではなく意想外な組み合わ…

「火花」(又吉直樹著)についての感想

20歳の徳永は、熱海の花火大会で、4歳年上の先輩芸人である神谷と出会う。二人で酒を酌み交わすうちに、徳永は神谷に「弟子にして下さい」と頭を下げて言う。神谷は天才肌で人情味豊かな人物である。神谷は「俺の言動を書き残して、俺の伝記が書けたら免許皆…

ウイーンの心を震わせた辻井伸行

<辻井伸行 音楽の都ウイーンの心を震わせる> 今夜は盲目のピアニスト辻井伸行の音楽の都ウイーンでのデビューという番組を見た。 昔のウイーンでの生活(約10カ月)を思い出し、とても懐かしかった。会場は幾度も通ったことのある楽友協会であったが、辻井…

中欧の詩学ー歴史の困難ー

ドイツとロシアにはさまれたオーストリア・チェコ・ハンガリーなどの地域は、しばしば自らを中欧と定義する。大国によって翻弄され続けたこの地域では、独特の文化が育まれた。チェコの評論家クロウトヴォル氏は、その特徴を深い愛情をこめて書き記す。 現在…

フォトブック作成

パソコン教室でフォトブックの作り方を教わって、自分なりに作成してみた。これまで撮った写真の中から気に入ったものを選び、適当に編集しただけであるが、イラストを使ったり、写真の配置、型切りの手法などを用いて面白いものが出来上がった。 ただタイト…

新人物評伝の試み

酒場詩人 吉田 類 吉田は高知の山奥、仁淀川町で生まれた。父親は吉田が3歳の時に亡くなる。その後母親と二人で関西に移住する。「田舎を出た時点で旅人になったというか、漂泊の人生です」(吉田の言葉)。「漂泊」という言葉は、吉田の人生を象徴している…

金子みすゞの詩集

夕顔 お空の星が 夕顔に、 さびしかないの、と ききました。 おちちのいろの 夕顔は、 さびしかないわ、と いいました。 お空の星は それっきり、 すましてキラキラ ひかります。 さびしくなった 夕顔は、 だんだん下を むきました。 星とたんぽぽ 青いお空…

オディロン・ルドンと武満徹

放送開始から40年目を迎えた日曜美術館は、これまで放送した番組の中から好評だったものを、特別アンコールで再放送している。作曲家の武満徹氏(1930−1996)が、フランスの幻想画家、オディロン・ルドンの魅力を語りつくしたともいえる番組を8月…

馬籠と島崎藤村

かつて私も馬籠の「藤村記念館」を訪ねたことがある。中山道の馬籠は南に向かって視界が開け、何か明るい感じの街道に感じられた。残念ながら開田高原にはまだ行っていない。しかし映像でみる在来種の木曽馬の姿は、いかにも愛らしい。 私の高校時代の同級生…

南信濃への心の旅

私は高校時代の同級生であるT探検隊長の率いる探検隊の報告の大ファンで、いつも楽しみに読ませてもらっている。昨年たまたま感想文を投稿したところ、探検隊長に気に入られてお褒めの言葉をいただいた。おまけに隊長が踏破した南信濃の村々の味覚を頂戴する…

ロシアの話

6月6日(土)は大学時代のクラス会(六方会)が、神保町駅に近い「漢陽楼」で12時30分から15時30分まで行われた。「漢陽楼」はかつて中国の若き周恩来が日本に留学していた頃、よく通ったという店である。創業は1911年である。 ひょんなことで…

『白夜』について―思いつくままに―

ドストエーフスキイの初期短編『白夜』のあらすじを簡単にまとめれば次のようになる。 「サンクトペテルブルクに引っ越して以来、友人が一人もできず夢想的で非常に孤独な生活を送る青年が、白夜のある晩に橋のたもとで一人の少女に出会う。不器用な青年は少…

鳥獣戯画展を観て

誰もが一度は目にしたことがあるといわれるほど、日本で最も有名な絵巻。墨線のみで動物や人物たちを躍動的に時にユーモラスに描いた日本絵画史上屈指の作品といわれる。全体は甲・乙・丙・丁の4巻に分かれるが、全巻の修理も終えて、公開となった。 内容は…

ドストエーフスキイの作品について

筆者の畏敬する友人が主宰する「ドストエーフスキイの会」に次回から出席しようと決心して、準備を始めた。ドストエーフスキイの名作は若い時に読んだだけで、再読することもほとんどなく、記憶の底に沈んだままの状態である。しかし友人のK氏が機関誌「ド…

鴨長明の生涯

鴨長明をめぐる以下の論考は、『日本文学からの批評理論 亡霊|想起|記憶』(笠間書院)という書物の中の1章「説話と自己語りー『発心集』における目撃される死」を論ずるために資料として筆者が集めたものである。『日本文学からの批評理論』という書物は…

義仲寺(国指定史跡)

義仲寺は、大津市馬場一丁目にあり、旧東海道に沿っている。この辺りは琵琶湖に面し、古くから景勝の地であるが、義仲寺は木曽義仲公御墓所である。治承4年(1180)義仲公は信濃に平氏討伐の挙兵をし、寿永2年(1183)5月、北陸路に平氏の大軍を討…

千鳥ヶ淵の桜

Schwarz Wald Weiß (シュヴァルツヴァルトの続き)

]水墨画を思わせるような、白と黒だけの色彩のない世界。確かに黒い森は冬になると白と黒だけの幻想的な世界に変わる。森の奥には沈黙と静謐さが支配している。シュヴァルツヴァルト生まれの写真家Edwin Gantert氏の写真集は不思議な魅力で見る者の目を幾度…

房総の花々と小湊鉄道

「魚服記」再考(続稿)

「本州の北端の山脈は、ぼんじゅ山脈というのである。せいぜい三四百米ほどの丘陵が起伏しているのであるから、ふつうの地図には載っていない。むかし、このへん一帯はひろびろした海であったそうで、義経が家来たちを連れて北へ北へと亡命して行って、はる…

シュヴァルツヴァルト(Schwarzwald)

シュヴァルツヴァルトは、ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州に位置する森林・山 地である。 シュヴァルツヴァルトとは、ドイツ語で「黒い森」を意味するが、森の多くは植林されたドイツトウヒの木であり、「黒い森」という名称も、密集して生えるトウヒ…

医療倫理について

2月初めに高校時代の同級生の集まりでの勉強会で作曲家のN君とオペラ『ばらの騎士』について共同作業という形で報告をする予定が組まれていたが、正月明けの1月8日に尿検査・血液検査、骨盤のCT撮影、1月13日にMRI撮影、1月15日に主治医の内視…

白鳥の「北帰行」

2月18日(水) 今日のNHKのテレビでとても興味深い画面を見た。 安曇野の川面から飛び立ったたくさんの白鳥が、雪が降りしきるなかを北に向けて飛んで行く姿である。今年は冬の寒さがいつもの年よりも格段に厳しいのに、もう白鳥たちは北へ向けて旅立…

薔薇の騎士 Der Rosenkavalier (音楽のための3幕の喜劇)あらすじ

第1幕 18世紀半ば、女帝マリア・テレージア治世のウィーン。元帥夫人マリー・テレーズの寝室。夫の留守中に、若い伯爵オクタヴィアンと共寝の朝を迎え、二人が朝食をとっている最中に、訪問者の気配がする。オクタヴィアンは慌てて身を隠すが、やってきた…

ホフマンスタールの文学的生涯

„Ad me ipsum“「私自身について」と題する一種の自己解釈の形式をとった手記の中に、ホフマンスタールの有名な言葉、すなわち„Präexistenz“(前存在)と „Existenz“「存在」という言葉が出てくる。「前存在」については、「栄光に満ちた、だが危険な状態」と…

 ホフマンスタール覚書

ホフマンスタールは『友の書』の中で、彼にとって親しみのある人物を数多く引き合いに出して対話を交わしている。それらは非常に多様性をもっているにもかかわらず、発言には同様な基調が流れている。詩人ホフマンスタールの関心の在り処を知る者は、それら…