≪吉本隆明 追悼≫

吉本隆明 追悼≫

吉本隆明の全体像について述べる資格も能力も私にはないが、私が最も強い影響を受けた著作『言語にとって美とはなにか』に関して私見を述べたい。言語の美とはなにか、あるいは、言語における美とはなにか、といった問題の立て方ではなく、「言語にとって美とはなにか」という措定そのものに、私はある意味で衝撃を受けた。そこには、言語を単にコミュニケーションの道具としてでなく、言語を幅広く無限の深層を含みもつ構造体として捉えている思想家の存在が無視しがたい事実として感じられた。「美」とは「価値」と言い換えることができる。それはわれわれの日常の経済活動における交換可能な価値とは無縁な自律的な自己価値である。吉本によれば言語表現は、人間的意識の指示表出と自己表出である。つまり言語の対象指示の働きが「指示表出」であり、表現そのものを志向する働きが「自己表出」である。それは具体的に言えば、自己価値を目指す「詩的言語」である。その場合、言葉がそれ自体の価値をもつことによって、言葉は言葉そのものとして感じられ、詩らしさが現われる。吉本の言語の「意味」と「価値」の違いに関する原理的・根源的な思考、および精緻なテクスト分析によってナラトロジー論の展開に多大な刺激を与えられたことを感謝したい。