チェコ・アヴァンギャルド

<東欧の想像力2>ボフミル・フラバル著『あまりにも騒がしい孤独』を読んで

 チェコの批評家ヨゼフ・クロウトヴォルによれば、さまざまな異質なものがひしめく中欧の窮屈で圧迫された空間に住む中欧人は、「ありふれた不条理の感覚」を持ち、そのメンタリティーの特徴は、メランコリーと誇張された陽気さである。メランコリックなグロテスクが中欧文学の理想形であり、メランコリーとグロテスクの交差点は滑稽な真実である。歴史上しばしば異民族に侵略・支配されてきた小民族のチェコ人、とりわけチェコの「庶民」は、「大きな歴史」の上部で権力を握る歴史の操作者ではなく、歴史の底辺ですり減らされ、すり潰されてきた人々である。そのようなすり潰された歴史の底辺では、現実と生の不条理は、カフカの世界におけるように、ありふれた日常的なものであった。またハシェクの描く人物シュヴェイクのように、庶民的な知恵を発揮しながら、怪物のように自らの生を生き延びたのであった。
 ナチズムやスターリニズムを経験しなければならなかったチェコの作家たちは、カフカから強い影響を受けており、チェコ語には、幻想的でさえあるような不条理な現実を指す「カフカールナ(カフカ的状況)」という言葉さえあるそうである。
 J・クロウトヴォル(筆名ヨゼフ・K)は、中欧文学の代表的作家としてカフカムージルハシェククンデラ、フラバルの名を挙げている。カフカムージルの姓は、ともにチェコ語起源であり、カフカは「コクマルガラス」を、ムージル(musil)は「〜しなければならない(ドイツ語のmüssen)」を意味する。
 カフカハシェクの文学作品は、時代的にはムカジョフスキーの構造主義美学が出現する以前に発表されたものではあるが、彼らの芸術が先取りしたともいえるアヴァンギャルド的傾向は、必然的に構造主義的美学の方法論の成立を予感させるものであったと言わなければならない。
 カフカの影響を強く受けたといわれるボフミル・フラバル(1914−1997)は、その前衛的でシュールレアリスム的な文体から見れば、1920─30年代のチェコアヴァンギャルド芸術の後継者と評価されてもおかしくはないように思われる。フラバルの『あまりにも騒がしい孤独』の訳者石川達夫氏の解説文によれば、チェコアヴァンギャルドは、文章を自由な連想と即興的な遊戯によって展開し、同居しがたい要素を同居させ、かけ離れたものを結びつけるコラージュ・モンタージュ的技法を開発したが、フラバルもそのようなコラージュ・モンタージュ技法を駆使して、作品の中に異種の諸要素を共存させ、、対照と逆説の効果を醸し出し、自由な連想と変奏の遊びを楽しんでいる。さらに石川氏は、チェコの文芸学者でフラバル研究の第一人者ミラン・ヤンコヴィチの次のような評言を引用している。「フラバルの語りは、プロットにおける物語の展開や人物の心理的な色づけに基づく、伝統的な散文とは明確に異なる。出来事はエピソードと非心理化された人物に分割される。物語の代わりに一連の面白い絵のような場面と状況が生じる」と。(以下続く)