チロルの思い出・・・続き

 イタリアとオーストリア国境に広がるドロミテ山塊で9月7日に世界一過酷と言われる「ドロミテ鉄人レース」が開かれた。標高2000m級の山を一気に駆け上がるマウンテンラン、山から山へと滑空するパラグライダー、激流を下るカヤック、そして険しい山道を走り抜けるマウンテンバイクの4種目に、4人がリレー方式で挑む。今年は26年の歴史で初めて日本人チームが参加したが、世界から100チーム以上参加した中で、12位と健闘した。ドロミテの大自然に挑む参加者たちの苦闘ぶりは、手に汗を握るような緊迫感があり、テレビで観ていて飽きなかった。このレースは、チロル州の飛び地である東チロル地方の中心の町リエンツがスタート地点である。人口約13,000人のこぢんまりとした市街であるが、シーズンともなれば、登山とスキーなどリゾート地として賑わう。
 この町の北側にはオーストリア最高峰のグロースグロックナー山( 3,797 m)がそびえ立ち、雄大な山岳地帯が広がっている。以前はオーストリアの領地であった南チロルはイタリアに割譲されたが、リエンツは、東チロルの飛び地として小さな町ながらも、ゲルツ(Görz)侯の居城であったブルック城が町を見下ろしており、現在は東チロル郷土博物館(Osttiroler Heimatmuseum)となって公開されている。町の中心は、ハウプト広場(Hauptplatz)であり、この広場を取り囲むように華やかなホテルや商店が建ち並んでいる。

 今から25年前の9月26日、ウィーン南駅発11時の列車に乗り、クラーゲンフルト、フィラッハ、シュピッタール、バートガスタインを経て終点のザルツブルクへ向かう周遊の旅に出た。クラーゲンフルトで1泊し、フィラッハで途中下車してドラウ川沿いに散策し、再び列車に乗って東チロルのリエンツに向かった。天気はあまり良くなく、列車がシュピッタールからオーバードラウタールの谷間に入り、ドラウ川沿いにリエンツの町に近づく頃には雨も降りだした。北側と南側の両方の山の中腹まで濃い霧に包まれ、黒い雨雲が低く垂れ込めたリエンツの町に列車が着いたのは、午後1時を廻った頃だった。駅の食堂で簡単に昼食を済ませ、雨の中を街のインフォーメーションに向かう。しかし、あいにくインフォーメーションが閉まっていたので、直接ホテル「トラウベ(Traube)」の受付に行き、部屋を予約する。幸い部屋が空いていて、案内してくれたフロントの若い娘は、空いている部屋を二つ見せて、どちらか気に入ったほうを選んでよいと言った。どちらもツインの部屋で、広々としていて立派な部屋だった。見晴らしの良い西側の部屋に決めた。一泊760シリング。窓からは、ハウプト広場、教区教会の塔などが見え、市街の家並の彼方に霧に包まれた山が望まれ、山の斜面にも家々が点在していた。イーゼル川沿いに散歩し、対岸の教区教会の建物を見た後、東チロル郷土博物館のあるブルック城へ登った。お土産に、東チロルの郷土民芸品を買う。
Holzteller(klein)136シリング、
Holzteller(groß)336シリング

雨が降り続けていたので、街に出る気にもならず、ホテルのレストランで夕食。Romantik-Restaurantと称するだけあって、雰囲気もよく、ボーイの応対も気持ちが良かった。料理の味は洗練されていて、スープ、メインの料理、デザート、いずれも美味しかった。

翌日は朝から肌寒く、雨模様の天気であった。昨夜はかなり冷え込んだせいか、寝巻の上にセーターを着込み、布団をかぶっていてもまだ寒いくらいだった。案の定、窓から見える山の中腹から上の方は、雪が積もって白くなっていた。9月末に降雪を見るのは、もちろん初めての経験であった。おそらく昨夜は2000メートル以上の高山は、どこも雪が降ったに違いない。これでは、バスでハイリゲンブルートの村まで行ってグロースグロックナーの雄大な山岳風景を眺めることなど思いもよらないので、朝早い汽車でリエンツを発つことにする。7時40分リエンツ発の汽車でシュピッタールへ向かう。汽車の窓から見える山々の上の方は、雪で白くなっていた。シュピッタールでほぼ1時間待ち合わせて、Blauer Enzian号に乗り換える。ザルツブルク経由で、16時にウィーン西駅に着く列車である。Mallnitz, Badgasteinなどを通って行くこの路線は、高い山岳地帯を抜けていくので車窓からの眺めも実に美しいのである。あいにくの雨で、アルプスの峰々が見えないのは残念だった。しかし深い谷底の村が霧に煙っている風景は、やはり心惹かれる眺めであった。

 列車がトンネルを抜け、バートガスタインの町に入ってきたとき、あたり一面が真白な雪景色に変わってしまったのには、全く驚いてしまった。紛れもなく白い雪が、針葉樹の森や家々の屋根に降っているのである。9月末に降雪を見たのは、もちろん生まれて初めてのことであった。外の風景を写真に撮っていると、ちょうど車内の清掃にきた女性乗務員が笑いながら、ヨーロッパの高山で9月に雪が降るのは、別に珍しいことではないと説明してくれた。Schwarzach, Bischofhofenを経て、列車がザルツブルクに近づくにつれ、雪も全く見えなくなり、車窓に雨が降りつけるだけとなってしまった。途中Welsで日本人の中年の男の人が同じ車室に乗ってきたので、聞いてみると、商用で9月半ばからヨーロッパを旅行しているとのことであった。旅は道連れとばかりに、つい時の経つのも忘れて、ウィーンまでいろいろおしゃべりをしてしまった。